大國魂神社

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大國魂神社

 

東京都府中市にある大國魂神社は大國魂大神[おおくにたまのおおかみ]を武蔵の国の守り神としてお祀りした神社です。


この大神は、出雲の
大国主神と御同神で、大昔、武蔵の国を開かれて、人々に衣食住の道を教えられ、又、医療法やまじないの術も授けられた神様で、俗に福神、又は縁結び、厄除け・厄払いの神として著名な神様です。

写真は、神社のHPから借用。

 当社のご祭神は、 大國魂大神 おおくにたまのおおかみ で武蔵の国魂の神と仰いでお祀りしたものである。この大神は 素盞鳴尊 すさのおのみこと の御子神でむかしこの国土を開拓され、人民に衣食住の道を授け、医薬禁厭等の方法をも教えこの国土を経営された。

 当社の起源は、人皇第十二代景行天皇四十一年(一一一)五月五日大神の託宣に依って造られたものである。 出雲臣天穂日命 いづものおみあめのほひのみこと の後裔が初めて 武蔵国造 むさしのくにのみやつこ に任ぜられ当社に奉仕してから、代々の国造が奉仕してその祭務を掌られたといわれる。

 その後、孝徳天皇(五九六-六五四)の御代に至り、大化の改新(六四五)のとき、武蔵の国府をこの処に置くようになり、当社を国衙の斎場とし、国司が奉仕して国内の祭務を総轄する所にあてられた。

 又、国司が国内社の奉幣巡拝、又は神事執行等の便により国内諸神を配祀した、これが即ち武蔵総社の起源である。

 後に本殿の両側に国内著名の神、 六所 ろくしょ (小野大神・小河大神・氷川大神・秩父大神・金佐奈大神・杉山大神)を奉祀して六所宮とも称せられるようになった。

 

この神社は、以前から関わりがあったのかな。

●親の世代のこと・・・

 五月五日には例大祭が行われるが、この祭が有名な国府祭で、当夜八基の御輿が古式の行列を整え、消燈して闇夜に御旅所に神幸するので、俗に「くらやみ祭」といわれている。

wikiによれば、司馬遼太郎原作『燃えよ剣』(1962-5)は、主人公のトシ(土方歳三)が六社明神の暗闇祭りのかがいに参加する場面から始まる。歌垣は、特定の日時と場所に老若男女が集会し、共同飲食しながら歌を掛け合う呪的信仰に立つ行事であり、互いに求愛歌を掛け合いながら、対になり恋愛関係になるとされる。

「くらやみ祭」は、昭和の10年前後を15歳前後の少女として練馬で育ったものには、背伸びしてでもこっそりと出かけてみたい禁断の祭だったみたい。

真っ暗闇で、若い衆や娘どもが年に一度の無礼講で、女中や奉公人のひそひそ話をこっそり聞き込んで、想像を膨らませていたのが母の若い日であった。

●子供の時代のこと・・

昭和50年代は、この神社まで30分ほどのところに住んでいた。

七五三はこの神社で2回やった記憶がある。

1回目の3歳のときだ。

●自分のこと・・

昭和から平成になったころ、この神社の徒歩圏内に職場があった。正月は職場全体でこの神社に初詣しお祓いを受ける習慣があり、4年くらい続いた。

その間に、さらに近くに職場が移ったため、府中に飲みにいくときはこの神社を通り道にしていたこともある。

 

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結構、関わりが深い神社なんですね。

 

 

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