新宿十二社熊野神社

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新宿十二社熊野神社地図

 

広重が描いた熊野十二社の紹介図をみると、このころ池があったんです。そのあと、ヨドバシ浄水場になった。吉永小百合さまの母校もこのあたりにあったよ。今はビルだらけ。


新宿育ちのワタクシ、昔はそっちの方に行ってはいけませんという言いつけを守り、素直に素通りしていました。そのころは、何があったんでしょう。いまは、ビルが立ち並んでいるだけです。

江戸時代あたりから付近には茶屋や料亭などが最盛期には約100軒も並んでいたという。この賑わいは戦前まで続いていた。戦前、その時代に遊んでいたんだ。

由緒

室町時代のあるころ、鈴木九郎という紀州出身の商人がいた。鈴木九郎というは代々熊野神社の神官を務めた鈴木氏の末裔で、現在の中野坂上から西新宿一帯の 開拓や馬の売買などで財を成し、人々から「中野長者」と呼ばれていた。鈴木九郎は当初自身のふるさとである熊野三山の若一王子を祀ったところ、商売が成功 し家運が上昇したことから、熊野三山から十二所権現をすべて祀るようになり、それが当社の始まりとされる(ただし、天文・永禄年間に当地の開拓を行った渡 辺興兵衛という人物が祀ったという異説もあり)。江戸時代には熊野十二所権現社と呼ばれ、茶屋や料亭などが立ち並びやがて花街として賑わった。その後、明 治時代には、熊野神社と改称され、神社の滝や十二社池は淀橋浄水場の造成や付近の開拓により姿を消し景勝地として趣は鳴りを潜めていく。今日では、日本有 数の高層ビル街へと変貌した新宿一帯の守り神として人々から信仰を集めている。

後ろのビルが目障りです。

何とか背景がぼけてくれました。

境内社はこの奥です。

大島神社(正面)。この狛犬さんは珍しいんです。お腹の下の空間がない。手抜きじゃないんです。右手は稲荷神社。

こりらはオイナリさん。狐さんが2セット。親子??

説明が見あたらなかったが、弁財天神社でした。

神社犬。有名なイヌだそうです。十四歳くらい。オジイちゃんで目も見えにくいそうです。でも、参拝場所でウンコしたり元気です。文句あっか、と、吠えてました。「ほえる」とは、イヌのクチだったんだ。ウンコを遠巻きに見物する参拝者。

今晩こそお客様が来てくださいますよう・・。さすが、新宿ですね。御利益がありますことを。ウンコは見て見ぬ振り。一心不乱。

2011年7月7日参拝

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